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阿武隈川の巻
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▲支流内川・不動尊公園。

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▲羽出庭大橋。

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▲舟下りの阿武隈駅のすぐ近くに、こ〜ぷの森(丸森・小塚山)があり、クリの木を植林しています。

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▲白石川との合流点、槻木(つきのき)。
 
  川の名前の由来
阿武隈川の下流部がU字型に大きく曲がっていることから、「大曲川(おほくまがわ)」がやがて「あふくま」に、さらに「あぶくま」となった、という説があります。
また、昔の書物を語源とする説もあり、法典『延喜式(えんぎしき)』(927年)に「安福麻」、『吾妻鏡(あずまかがみ)』(1180〜1265年)に「遇隈」とあるともされています。言葉としては、逢隈(おうくま)、青熊、大熊といった漢字も使われていたようです。


  川の全体像
阿武隈川は、福島県と栃木県にまたがる旭岳が源流で、福島県の中心を北に流れ、宮城県の南部3市4町を通りながら、大きく曲がって大平洋(仙台湾)に注いでいます。
流域は狭いのですが、このエリアに135万人が住んでいます。
流域面積は約5,400平方km(全国第11位)、長さは約239km(全国第6位)という、北上川に次ぐ東北第2位の河川です。


  歴史とくらし
舟運のはじまり
江戸時代の寛文4年(1664年)、福島の信夫(しのぶ)・伊達(だて)地方が江戸幕府が直接治める地域となりました。この地方の米を貢ぐためには江戸に運ぶ必要があり、そこから「阿武隈川舟運」が本格的に始まります。丸森までの東回りは米を中心に運び、下流の丸森から角田、荒浜までは、米以外の物資を運ぶ高瀬舟(たかせぶね)が活躍しました。
それから約二百数十年の間、物資の運搬だけでなく、大切な交通の手段としても舟運は発展し、昭和初期までその任務を果たしてきました。
そんなふうに役立つ一方で、何度も氾濫(はんらん)し、人々に大きな損害も与えてきました。角田地方では領主父子によって多くの治水工事が行なわれてきました。
歴史もながーい貞山(ていざん)運河
海岸沿いを流れる貞山堀は、阿武隈川と松島湾を結ぶ、全長約33kmの運河。伊達正宗が生前、この運河を作る構想を持っていたことから、正宗の贈り名「貞山公」が、運河の名前となりました。
汚れた川から県立自然公園に
1950年後半ごろから、工場排水や都市排水、生活排水などで汚れ始め、1960年ごろにはサケの遡上(そじょう=川をさかのぼること)がなくなり、1968年ごろにはアユが全滅するまでになりました。
しかしそれ以降、地元の人たちや行政の努力によってだんだんきれいになり、魚も見られるようになりました。
1993年、阿武隈渓谷県立自然公園に指定され、自然が多く残る景勝地として、ゆったりと流れる阿武隈川とともに人々に愛され、親しまれています。


  自然と生き物
阿武隈川に住む魚類は、約40種。日本の河川に住む魚種のほとんどは、この川で見ることができます。さらに、タニシやカワニナなどの貝類、沢ガニやザリガニなどの甲殻類、カエルやサンショウウオなどの両生類などを含めると、その数は膨大です。
鳥類では、トビ、チョウゲンボウ、チュウサギ、カモ等、昆虫類では、ナナホシテントウ、アゲハチョウ、オニヤンマ、モノサシトンボ、アオオサムシなどがいます。


  見どころ
○齋理屋敷(さいりやしき):蔵の郷土館 ○亀ヶ森モデル野鳥観察地


  学びどころ
○学水館あぶくま岩沼館 ○学水館あぶくま角田館


  遊びどころ
○阿武隈川ライン舟下り ○阿武隈川いかだ下り大会 ○百々石(どどいし)公園 ○阿武隈急行 ○不動尊公園(内川渓谷)(丸森町。釣り場や自然のプール、浅瀬、飛び込める大岩や深瀬もあります。清流内川も満喫できる、落ち着いた公園) ○阿武隈川サイクリングロード ○スペースタワー・コスモハウス


  資料
次のタイトルのホームページを参考にしました。
○阿武隈川クルーズ ○仙台工事事務所 学水館あぶくま〜阿武隈川ホームページ〜 ○阿武隈川サミット実行委員会 ○仙台ローカルパソコンNET通信社情報広場 ○MELON阿武隈川マップ ○みやぎの水辺公園